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東京地方裁判所 昭和40年(特わ)134号 判決 1969年5月27日

本籍並びに住居

東京都中央区日本橋浜町二丁目二九番地

栗田政治経済研究所主宰者

栗田英男

大正元年十二月二〇日生

右被告人に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官小野慶造出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月及び判示第一の罪につき罰金一、五〇〇万円に、判示第二の罪につき罰金一、五〇〇万円に処する。

右各罰金を完納しないときは、それぞれ金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区日本橋浜町二丁目二九番地において、個人で栗田政治経済研究所を主宰して政治、経済関係の情報資料を蒐集しながら有価証券の売買を行なうほか、クリエイトカラー株式会社の取締役として報酬を受け、その他株式の配当収入等の所得を有していたものであるが、高田喜一と共謀のうえ、有価証券の売買、金銭の貸付を行なうに当り、第三者又は架空名義を用いる等して取引の実態把握を著しく困難ならしめるような方法により、その所得を秘匿したうえ、

第一、昭和三六年分の被告人の実際課税所得金額は、別表一修正損益計算書並びに別表五税額計算書(昭和三六年分)記載のとおり、八、一七八万八、三〇〇円でこれに対する所得税額は五、〇一五万四、二二五円であつたにもかかわらず、ことさらその申告期限である昭和三七年三月一五日までに、所轄日本橋税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて不正な行為により所得税額五、〇一五万四、二二〇円を逋脱した。

第二、昭和三七年分の被告人の実際課税所得金額は、別表二修正損益計算書並びに別表五税額計算書(昭和三七年分)記載のとおり七、一七六万四、〇〇〇円でこれに対する所得税額は四、三三二万二、八五〇円であつたにもかかわらず、ことさらその申告期限である昭和三八年三月一五日までに、所轄日本橋税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて不正な行為により所得税額四、三三二万二、八五〇円を逋脱した。

ものである。

(証拠の標目)

(一)  全般について、

1. 第五回公判調書中、証人鈴木嘉作、同清水達雄、同池田三郎の各供述記載部分

2. 第六回公判調書中、証人角田利一の供述記載部分

3. 第七回公判調書中、証人榛葉忠弘、同鈴木正の各供述記載部分

4. 第八回公判調書中、証人玉上信次、同喜島典義の各供述記載部分

5. 第九回公判調書中、証人佐藤貞二の供述記載部分

6. 第一〇回、第一一回各公判調書中証人高田喜一の供述記載部分

7. 証人田原金次郎に対する尋問調書

8. 証人半田正十四の第一七回、第一八回各公判廷における供述

9. 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書並びに検察官に対する供述調書八通

10. 被告人の当公判廷における供述(添付の上申書を含む)中、判示事実に添う部分

(二)、別紙修正損益計算書の勘定科目のうち

(A)  有価証券売上、同買入、同年初在高並びに同年末在高について、

(イ) 全般について

11. 大蔵事務官半田正十四作成の有価証券売買並びに残高調査書、銀行調査書並びに証券会社別貸借明細書

11.の2 山本正己、河西達司(いずれも東京証券取引所)各名義の上申書

(ロ) 曙ブレーキ株式会社株式(以下便宜上曙ブレーキ等と略称を用い )について、

12. 清水達雄(中原証券)名義の上申書

13. 飯久保真(玉塚証券)名義の上申書(昭和三八年五月一四日付=以下三八・一四の如く略記)

14. 松下豊臣(東洋信託)名義の上申書

15. 宮岡義雄(新興証券足利支店)名義の上申書

16. 榎本武夫(第一証券)名義の上申書

17. 証人高田喜一の当公判廷(第二〇回公判期日)における供述

18. 証人半田正十四の当公判廷(第二五回公判期日)における供述

(ハ) 本田技研について

19. 池田三郎名義の大興証券顧客勘定元帳写

19.の2、池田三郎の検察に対する供述調書

20. 中村博久(本田技研)名義の報告書

21. 関田信雄(東京電波工業)名義の上申書

22. 石川卓二(中央信託)名義の上申書

23. 証人榛葉忠弘の当公判廷(第一〇回公判期日)における供述

23.の2、押収にかかる株式と表題のあるノート一冊(昭和四〇年押第一、五九四号の一)

24. 以上のほか前示12、13、15、16各記載の証拠

(ニ) 台湾精糖について

25. 押収にかかる日報と題するノート一冊(前同号の四)

26. 右のほか前示12、13、15各記載の証拠

(ホ) 東武鉄道について

27. 荻原清嗣(三井信託)名義の回答書

28. 高田喜一の大蔵事務官に対する質問てん末書(三八・一一・一八)の第五項

29. 右のほか前示 の2のノート一冊

(ヘ) 日本水産について

30. 細沼福太郎(中央信託)名義の回答書二通(検察官証拠請求目録No.23並びに56のもの=以下目録No.23の如く略称する)

31. 右のほか前示13、15各記載の証拠

(ト) 日本鋼管について

32. 杉本和男(安田信託)名義の答申書

33. 右のほか前示13、15各記載の証拠

(チ) 日野自動車工業について

34. 細沼福太郎(中央信託)名義の回答書(目録No.29)

35. 右のほか前示13記載の証拠

(リ) 八幡製鉄について

36. 細沼福太郎(中央信託)名義の回答書(目録No.28)

37. 右のほか、前示12、13各記載の証拠

(ヌ) 日本郵船について

38. 安井正(三菱信託)名義の提出書

(ル) 玉塚証券投資信託受益証券について

39. 角田利一(日興投信サービス)名義の回答書

40. 永窪嘉一(玉塚証券)名義の上申書

41. 以上のほか前示13記載の証拠

(オ) 日興証券第二オープンについて

42. 阿部剛(日興証券)名義の回答書

43. 石川昇(日興投信サービス)名義の答申書

44. 菊地繁子(右同)名義の回答書

44.の2.菊地繁子の検察官に対する供述調書二通

45. 以上のほか前示39記載の証拠

なお前示2記載の証拠を参照

(ワ) 上毛撚糸について

46. 玉上信次(丸五証券)名義の上申書

47. 赤沼留吉(偕成証券)名義の偕成証券顧客勘定元帳写並びに偕成証券顧客金銭出納帳写

48. 奥田徳(第一証券)名義の証明書

49. 田野辺キヨの検察官に対する供述書(末尾添付の書翰、精算書を含む)

50. 第六回公判調書中、証人川堀赴夫の供述記載部分

51. 以上のほか前示15、19、19の2、25各記載の証拠

なお前示1、4各記載の証拠を参照

(カ) 日本化学工業について

51. 前示13、25各記載の証拠

なお前示3、8各記載の証拠を参照

(B)、信用取引益、信用取引調整金について、

52. 宮岡義雄(新興証券足利支店)名義の上申書二通(目録No.8、37)

53. 山本正己(東京証券取引所)名義の上申書

54. 以上のほか前示13記載の証拠

(C)、支払利息について

55. 原象平(日本証券金融)名義の提出書

56. 近藤朝夫(日興証券)名義の上申書

57. 以上のほか前示13、39各記載の証拠

(D)、電話料について

58. 中島伝(足利電報電話局)、小倉信次郎(場町電話局)各名義の回答書

(E)、支払給与について

59. 高田喜一名義の上申書

(F)、減価償却費、自動車売却収入、同売却原価について

60. 早瀬常雄(東京日産自動車販売)名義の上申書

(G)、収入利息、収入割引料について

61. 山本良作(クリエイトカラー)名義の上申書三通(目録No.74、75、76)

(H)、配当収入について

62. 細沼福次郎(中央信託)名義の上申書一通(三八・五・九)並びに回答書一一通(目録No.23ないし25、27ないし29、31、45、47、54、56)

63. 谷口清(中央信託大阪支店)、荻原清嗣(三井信託)、村本和男(安田信託)各名義の答申書

64. 松下豊臣(東洋信託)名義の答申書三通(目録No.34、50、51)並びに上申書一通(目録No.20)

65. 中島辰治(不二越)、川堀赴夫(目録No.41)、遠山景正(大同コンクリート)、鈴木常一(日新精糖)、飯久保真(玉塚証券-目録No.49)、大沢通男(日本カーボン)各名義の上申書

(累犯となる前科)

被告人は、(一)昭和三四年四月八日、宇都宮地方裁判所足利支部において公職選挙法違反の罪により懲役一年に処せられ(控訴、上告したが昭和三五年三月二九日上告棄却となり同年五月一九日確定)、(二)、昭和三五年三月二三日、東京地方裁判所において公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、横領の罪により懲役一年、三年間刑執行猶予の言渡しを受けたが、該執行猶予は右(一)の刑に処せられたため昭和三五年一〇月三一日浦和地方裁判所において取消され、右各刑は引続いてその執行を受け、(一)の刑は昭和三七年五月一六日、(二)の刑は昭和三六年一一月三〇日にそれぞれ執行を終つた。以上の事実は検察事務官作成の前科調書並びに被告人の当公判廷における供述によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも昭和四〇年法律第三三号所得税法附則第三五条によりその改正前の所得税法(以下単に法という)第六九条第一項、刑法第六〇条に各該当するところ、情状により懲役刑と罰金刑を併科することとし、なお免れた所得税額がいずれも五〇〇万円を超えるので、法第六九条第二項を適用して罰金額は五〇〇万円を超えその免れた所得税額に相当する金額(第一については五、〇一五万四、二二〇円、第二については四、三三二万二、八五〇円)以下の範囲内で処断すべく、前示累犯となる前科があるので(但し、前示(一)の前科は判示第二の罪に対してのみ累犯となる)、刑法第五六条、第五七条により判示各罪の懲役刑についての累犯の加重をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなし、また罰金刑については、昭和三七年法律第四四号所得税法の一部を改正する法律附則第一五条により、同法によつて削除される前の所得税法第七三条が適用され、従つて刑法第四八条第二項の適用が除外されるので結局各罪ごとにこれを科すべく、よつて右刑期並びに金額の範囲内において被告人を懲役八月及び判示第一の罪につき罰金一、五〇〇万円に、判示第二の罪につき罰金一、五〇〇万円に処し、右罰金を完納しない場合の換刑処分については、刑法第一八条第一項を適用してそれぞれ金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して被告人の負担とする。

(当事者の主張に対する判断)

第一、有価証券の帰属並びにその価格算定について、検察官と弁護人及び被告人(以下弁護人らという)の主張に対する判断

(一)、有価証券の帰属に関する検察官と弁護人らの主張に対する判断

有価証券の帰属に関し、検察官と弁護人らとの間において争いがあるものの種類、銘柄(便宜上略称を用いる)及び株数等並びにこれに対する当裁判所の認定は別表三及び四株式等売買明細表記載のとおりであり、各銘柄毎の判断は以下に示すとおりである。

(A) 昭和三六年分

(イ) 本田技研について

(1) 初残高について

同年期首在高は、検察官主張の株式数と弁護人ら主張のそれとは三万一、〇〇〇株の相違があり、弁護人らは、昭和三六年初在高は栗田英男名義による二五万一、五〇〇株、慶野好四郎名義による四、〇〇〇株、都新聞社名義による六万株計三一万五、五〇〇株が被告人の所有にかかる株式であつて、その余は被告人の所有ではないというのである。しかしながら、前掲証拠の標目欄中11と23の2各記載の各証拠(以下番号のみを記載する)を総合して検討すると、昭和三四年末までの間における栗田英男、慶野好四郎、都新聞社名義の株式の売買及び残高の推移は左のとおりであることが認められる。

<省略>

また前示11、12、13、22各記載の証拠によれば、昭和三五年中における前記各名義人の株式の移動並びに同年末における在高は、

<省略>

であつて、結局昭和三五年末における在高合計は三四万六、五〇〇株であることが認められる。もつともこのうちには、正式に右三者名義に書替登録のされていない分が存在するが、たとえ名義書替の登録がされなくとも、実質的に被告人の所有に帰することを妨げるものでないこと勿論である。弁護人らは、名義書替の登録が未了の分について、被告人の所有株式数から控除しているが、この取扱いは相当でない。

(Ⅱ) 年度中取得について

同年中における取得株式数について、検察官の主張と弁護人らのそれとは三万五〇〇株の相違があり、弁護人らは栗田英男名義による二五万一、五〇〇株、慶野好四郎名義による四、〇〇〇株、都新聞社名義による六万株計三一万五、〇〇〇株が、被告人において、増資新株の割当を受けて取得した分であるという。しかしながら前掲11、12、13、20、22、23各記載の証拠によると、右のほか五月一五日に栗田英男名義で三万五〇〇株の増資新株の割当を受けたものがあり、しかもその払込金一五二万五、〇〇〇円は、そのうち四二万円については、五月一五日協和銀行本店の栗田英男の口座より玉塚証券の栗田英男の口座へ、また残額一一一万一、七六一円についても<新>扱いにより同様払込まれている事実が認められる。これらの各事実から考えると、この三万五〇〇株は被告人において取得したと見るのが相当である。弁護人らは、右増資新株の割当は一対一の比率であつたから、若し検察官の主張する同年初在高が正しいものとすれば、当然この割合も三四万六、五〇〇株であるべきところ、五〇〇株少い三四万六、〇〇〇株しか割当を受けて取得していないのは不合理であると指摘する。右増資新株の割当が一対一であつたことは証拠上明らかであつて、通常ならば割当による取得株式数は年初在高と同数であるべきことは、弁護人らの指摘するとおりである。しかし五〇〇株について相違があり、かつその原因を証拠上詳らかにすることができないからといつて、証拠上取得した事実が明らかに認め得る右三万五〇〇株の取得まで否定し去ることはできないのである。

(Ⅲ) 年度中譲渡について

同年中における譲渡株式数について、検察官の主張と弁護人らのそれとは一、〇〇〇株の相違があり、これは被告人が一二月二七日、東京電波工業に一、〇〇〇株を三〇万円で譲渡した事実の存否をめぐる争いによるものである。しかし前掲21記載の証拠によれば、この一、〇〇〇株は、東京電波工業が永楽信用金庫より融資を受けるについて、被告人が東京電波工業のためその所有にかかる一万株の株式を担保として同金庫に差入れてやつたものの一部であり、その代り東京電波工業から毎月四万円の謝礼金を受領する約定であつたところ、同年夏頃、被告人と同社間において右株式売買の話合がつき、一株三〇〇円としてまず一、〇〇〇株を同年一二月二七日に三〇万円で売却した事実が認められる。従つてこの一、〇〇〇株の譲渡も当然同年中における譲渡として計上すべきである。そうすると年末在高は三一万九、〇〇〇株と認めるのが相当である。

(ロ) 日本水産について

検察官の主張と弁護人らのそれとは、年初在高において四四〇株、年度中譲渡株式数において六〇株の相違がある。しかし前掲11、13、15、30各記載の証拠を総合すると検察官主張のとおり、年初在高二、五六〇株、年度中六〇株譲渡の各事実を認めることができ、弁護人らの主張にかかる年初において検察官主張の二、五六〇株のほかさらに四四〇株を所有していたという事実は認められない。従つて年末在高は一万一、〇〇〇株と認めるのが相当である。

(ハ) 玉塚証券投資信託受益証券について

検察官は、被告人が同年中に一、〇〇〇口を五〇〇万円で取得したと主張し、弁護人らはその事実を否定している。しかし前掲11、13、39、40各記載の証拠を総合すると、同年六月三〇日に第三三回の一、〇〇〇口を栗田英男名義で取得したことになつており、その代金五〇〇万円は、うち四万八、〇〇〇円については七月一〇日協和銀行本店の栗田英男の口座より、残額四九五万二、〇〇〇円については、同日玉塚証券より借入としての取扱いがなされている事実が認められる。弁護人らは、この取得当時被告人は浦和刑務所に受刑中であつたから自ら取得することはできない、恐らく証券会社の外交員若しくは自己の使用人等が被告人の名義を使用して取得したものであろうと主張する。しかし前掲6記載の証拠によつても明らかな如く、被告人が受刑中、その使用人であつた高田喜一が週に一度位の割合で被告人と面会し、その指示によつて有価証券の売買を行つていたことが明らかであり、また被告人以外の者が被告人に無断でその名義や銀行等の預金口座を使用した形跡は窺えないのであつて、前示のような事実関係から見れば本件受益証券は被告人において取得したものと認めるのが相当である。そして同年中に譲渡していないから年末には一、〇〇〇口、五〇〇万円の在高となる。

(ニ) 日興証券第二オープンについて

検察官は、被告人が同年中に六、五〇〇口を六五一万二、〇四八円で取得し、うち五〇〇口を同年中に五二万三、九八七円で譲渡したと主張し、弁護人らはその事実を否定している。しかし前掲2、11、39、42、43、44、44の2各記載の証拠を総合すると、

(1) 六月一〇日 栗田英男名義 五〇〇口 四九七、〇〇〇円で取得

(2) 七月 七日 菅英雄名義 五、〇〇〇口 四、九三八、一八〇円で取得

(3) 七月一二日 栗田英男名義 一、〇〇〇口 一、〇七六、八六八円で取得

(4) 七月一八日 同人名義 五〇〇口 五二三、九八七円で譲渡

の各売買があり、また被告人は日興証券投資信託サービス会社に対して融資斡旋の依頼をなし、同社はこれに基づいて信託銀行等から融資を受けてやり、これは被告人の指示により菅英雄名義の口座に入金され、その後右(2)の五、〇〇〇口の買入資金に充てられている事実が認められる。弁護人らは本件についてもさきの玉塚証券投資信託受益証券の場合と同趣旨の主張をしているが、前示の理由によつて採用し難く、右事実関係から見れば日興証券第二オープンも被告人において取得、譲渡したものと認めるのが相当である。そして同年末在高は六、〇〇〇口六〇一万一、一二一円となる。

(B) 昭和三七年分

(イ) 曙ブレーキについて

検察官の主張と弁護人らのそれとは、年度中譲渡株式数及び年末在高においてそれぞれ六、三〇〇株の相違がある。しかしながらこのうち二、三〇〇株については、前掲16、17各記載の証拠によれば被告人の指示によりその使用人高田喜一が売却譲渡したことが明らかであるが、残四、〇〇〇株についてはその売却の事実を認めるに足る証拠はない。もつとも前掲18記載の証拠によれば、同年末残高は一、〇八〇株と見るのが相当であつて、この年末在高を基礎として逆算すれば、同年中にさらに四、〇〇〇株の処分がなければ年初在高と符合しない結果となる。検察官はこの点をとらえ、四、〇〇〇株は売却譲渡したものと主張し、ただその日時、金額が一切不明であるところから、被告人に有利のため同年中における最低値で売却したものとして、単価一三〇円から手数料一円九〇銭を差引き、さらに有価証券取引税を控除して五一万一、六二〇円の譲渡金額を計上している。しかし前示のように売却した事実は認められない以上、たとえ最低値であるにせよ譲渡金額として計上することは相当でなく、結局四、〇〇〇株の処分は不詳なものとして同年中の同銘柄による売買損益の中から検察官が計上した五一万一、六二〇円を控除すべきである。

(ロ) 本田技研について

年度中の譲渡株式数について、検察官の主張と弁護人らのそれとは五万五、〇〇〇株の相違があり、その内訳は、高田喜一名義で売却した六、〇〇〇株、宮城章一名義で売却した四万株のほか東海電波工業に対し譲渡した九、〇〇〇株計五万五、〇〇〇株である。このうち高田喜一名義の六、〇〇〇株については、前掲11、16各記載の証拠によつて被告人に帰属すべきものと認められる。もつとも前掲17記載の証拠によると、この六、〇〇〇株のうち二、〇〇〇株は被告人所有の株式であるが、残三、〇〇〇株は高田喜一の所有であつた旨供述している。しかしそれが同人の所有であるという根拠についての説明は不明確であるのみならず右三、〇〇〇株は証券会社の事務上の手違いから増資に際し、誤つて被告人所有の株式に割当てがなされたが、証券会社の方でも自己に手違いがあつたところから強いて返還を求めずに経過したのに乗じ、高田において売却したというのであつて、その割当の基礎となつたいわゆる親株が被告人の所有に属するものである以上、増資分も被告人の所有に属し、高田において取得する理由はないというべきである。次に宮城章一名義の四万株については、前掲1のうち証人池田三郎の供述記載部分並びに19、19の2の各記載の証拠によれば、右取引は被告人の依頼により宮城章一の名義を用いてなされたものであることが明白で、しかも前掲11記載の証拠(銀行調査書)によつても、その売却代金は協和銀行本店の被告人の口座に入金されているのであつて、これらの事実を併せ考えれば、この分も被告人の売却によるものと認めるべきである。また東海電波工業に対する九、〇〇〇株は、同銘柄の昭和三六年分の年度中譲渡の部分において説示したとおりであつて、その残株式を同年中に譲渡したものである。

(ハ) 日本水産について

これについては、同年中における取得、譲渡とも当事者間に争いなく、ただ昭和三六年末在高(従つて昭和三七年初在高)に五〇〇株の相違があるため(その点については同銘柄の昭和三六年分の説示参照)、延いては昭和三七年末在高に同数の相違を見ているのであるから、特に説示の必要を見ない。

(ニ) 玉塚証券投資信託受益証券並びに日興証券第二オープンについて

この銘柄について、検察官は同年中における売却譲渡(前者は一、〇〇〇口、四一七万四、二八〇円、後者は六、〇〇〇口、五八一万四、〇八六円)はいずれも被告人の行つたものであると主張し、弁護人らはこれを否定している。しかし被告人がこの二銘柄を昭和三六年中に取得したものであることはさきに認定したとおりである。そしてその後被告人においてこれを他に処分した形跡もないまま昭和三七年中に売却譲渡しているのであるから、これも被告人による売却譲渡と認めるのが相当である。

(ホ) 上毛撚糸について

(1) 年度中取得について、

検察官の主張と弁護人らのそれとは一五万一、五三三株の相違があり、その内訳について弁護人らは、検察官主張のうち、

は被告人の関知しないところであつて、この分は控除すべきである、また右一五万一、五三三株と一四万三、〇〇〇株との差八、五三三株は、検察官の計数上の過誤であると主張する。このうちナカムラタツオ名義の六、〇〇〇株については、検察官において被告人の取得分から控除しているので、これについてその帰属を判断する実益はない。そして検察官の主張のとおり、右ナカムラ・タツオ名義を除いた他の名義人のものを名義人毎に区分して取得株式数を算出すると、

栗田英男 八四九、五〇〇 山木良作 一〇〇

高田喜一 四一二、〇〇〇 宮城章子 一一、〇〇〇

慶野好四郎 三〇八、〇〇〇 岡崎藤太郎 一〇〇

門脇理 一〇〇 川堀赳夫 三、三三三

熊内工作 一〇〇 最上忠 一九、五〇〇

小山アキ 三〇、九三三 浜田明 六八、五〇〇

渡辺竹四郎 一、〇〇〇 佐藤一郎 一〇、〇〇〇

漆原都 一〇〇 宮城章一 一三、五〇〇

慶野郷郎 一〇〇 及川粂子 二五、五〇〇

慶野好四郎 一、〇〇〇 計 一、七五四、三六六

であつて、弁護人らの主張する最上忠ら五名分の帰属はともかく、検察官において計算上の過誤を犯しているとは認められない。そこで最上忠ら五名分の株式の帰属について検討する。

<1>最上忠名義の一万九、五〇〇株

前掲11記載の証拠(銀行調査書)と同8記載の証拠とを総合して検討すると、この代金二九二万五、〇〇〇円については、協和銀行本店栗田英男の普通預金口座より七月二一日に同額が同行日本橋支店の都新聞社の当座預金口座へ振替えられ、同日同支店の都新聞社振出の同額の小切手で第一銀行上野支店の伊藤好子の口座へ入金されていること、最上忠は上毛撚糸の株式を相当数買集めたすえ被告人に売却し、その代金を右伊藤好子なる同人の架空名義の口座へ入金したことが認められる。一方被告人は都新聞社を経営し、また有価証券の売買に当つても都新聞社の名義を用いたこともあるのであつて、このような諸事実を併せて考えると、右最上忠名義の株式は被告人において取得したものというべきである。

<2> 浜田明名義の六万八、五〇〇株

前掲4記載(証人玉上信次の供述記載部分)並びに11(銀行調査書、証券会社別貸借明細書)、46記載の証拠を総合すると、丸五証券の外務員であつた玉上信次は、被告人の依頼により上毛撚糸の売買を取扱つたが、その際被告人の申出により架空名義を用いることとし、たまたま浜町に住んでいるので浜田明なる名義を発案して使用したこと、右代金のうち四〇〇円は現金で残額一、一六一万円は八月二日に協和銀行日本橋支店の都新聞社の口座から小切手で支払われていることがそれぞれ認められる。以上の各事実を併せて考えると、浜田明名義の株式は被告人において取得したものというべきである。

<3> 佐藤一郎名義の一万株について

前掲4記載(証人喜島典義の供述記載部分)並びに11(銀行調査書)を総合すれば、当時台湾精糖に勤務していた喜島典義は、被告人の依頼により上毛撚糸の株式一万株の買付を偕成証券に申込みの手続きをしたが、その際名義人は佐藤一郎なる架空名義を用いたこと、そしてその代金一七〇万六、〇〇〇円は、七月三一日、協和銀行本店の栗田英男の口座より同行日本橋支店の都新聞社の口座へ振替えられ、次いで八月二日同社の口座より小切手にて偕成証券宛に支払われていることがそれぞれ認められる。以上の各事実を併せて考えると、佐藤一郎名義の株式は被告人において取得したものというべきである。

<4> 宮城章一名義の一万三、五〇〇株について

前掲1記載の証拠(証人池田三郎の供述記載部分)、11(銀行調査書)、19、19の2各記載の証拠を総合すると、この銘柄の買付は大興証券を通じてなされたものであるが、被告人は大興証券を通じての売買は宮城章一なる名義を用いていたこと、また本件の代金のうち一五一万八、三〇〇円については七月三〇日に、残額八八万四、〇〇〇円については八月九日に、それぞれ協和銀行日本橋支店の都新聞社の口座より小切手で大興証券宛に支払われていることが認められる。以上の各事実を併せて考えると、宮城章一名義の株式は被告人において取得したものというべきである。

<5> 及川粂子名義の二万五、五〇〇株について

前掲11記載の証拠(銀行調査書)並びに48、49各記載の証拠を総合すると、田野辺キヨは、被告人の依頼により自己の使用人及川粂子の名義を用いて上毛撚糸株を買付けてやつたこと、また代金支払の方法は、同女が証券会社より個人的に一時借用し、その後被告人より都新聞社振出の小切手を受取り、これを証券会社へ弁済するという方法を用いていたことが認められる。このような事実関係によれば、及川粂子名義の株式は被告人において取得したものというべきである。

以上の次第であつて、弁護人らが被告人の関知しないと主張する最上忠ら五名の名義による上毛撚糸株式は、いずれも被告人において取得したものと認めるのが相当である。

(Ⅱ) 年度中譲渡について

検察官の主張と弁護人らのそれとの相違は、浜田明名義で七月二六日に売却譲渡した一万三、〇〇〇株と同じく及川粂子名義による一一月一〇日の五、〇〇〇株、一一月一九日の三、〇〇〇株、一一月二一日の三、〇〇〇株小計一万一、〇〇〇株、合計二万四、〇〇〇株でこれが被告人の売却譲渡によるものであるか否かによる。しかしながら右浜田明、及川粂子各名義による株式は、いずれも被告人において取得したと認めるべきであること前示のとおりであり、またその後被告人においてこれを他に処分した形跡もないまま売却譲渡しているのであるから、これも被告人による売却譲渡と認めるのが相当である。

(ヘ) 日本化学工業について

この銘柄に対する検察官の主張は、年度中において被告人は三万株を取得したのち、同年度中に全部売却譲渡しているというのであり、これに対し弁護人らは、右三万株の取得並びに売却は被告人の関知しないところであると否定している。しかしながら、前掲3、8、13、25各記載の証拠を総合すると、被告人の使用人であつた高田喜一が被告人の指示により一二月一四日に三万株を玉塚証券室町営業所扱いで買入れ、同営業所の「タカダキイチ」の口座で信用取引がなされていること、そして一二月二〇日二四日、二六日に各一万株を「カワイススム」の名義で売却し、その売却代金の決済は、右「タカダキイチ」の口座と相殺されていること、また被告人は同営業所における取引に当つては、高田義一、河合進等の名義を使用していたこと、この「タカダキイチ」、「カワイススム」名義の口座分は、他の銘柄の信用取引と同じく協和銀行本店の栗田英男名義の信用取引と相殺されたりしていることが認められ、以上の事実関係を併せて考えると、この三万株の取得並びに譲渡はいずれも被告人においてなされたものというべきである。

(二)、有価証券の価格算定に関する検察官と弁護人らの主張について

(イ) 有価証券(株式のみ)の年初在高、年度中取得又は譲渡、年末在高、売却原価並びに売買益に関する価格算定について、検察官と弁護人らの間に相違があるものの銘柄は、昭和三六年分、昭和三七年分を通じて曙ブレーキ、本田技研、台湾精糖、東武鉄道、日本鋼管、日野自動車工業、八幡製鉄、日本郵船である。但し、このうち日本郵船は、両年度とも売買損益に影響を及ぼさないので判断の実益はない。また右のほか日本水産は、昭和三六年初在高が検察官と弁護人らの間に相違があるため一致しないが、単価は同じであるから価格算定についての争いとして取扱わない。

前記株価算定の方法につき、検察官は昭和二二年勅令第一一〇号所得税法施行規則(以下単に規則という)第一二条の八に基づき、株式を取得するために要した金額は、当該株式の譲渡を受けた場合の対価(講入手数料その他株式取得のために直接要した費用を含む)とし、増資新株の割当があつてこれを引き受けた場合は第一二条の四によつていわゆる価格の付替計算をなし、たな卸資産の評価は総平均法によるべきであること、ただ昭和三五年分以前において、株式取得の時期並びにそれに要した対価が判明しない場合には、東京証券取引所開設以来その株式の取得が証拠上確認される日時までの間における最高値を基準とし、もつて被告人にとつて最も有利な取扱いを行つたと主張し、弁護人らは、検察官が株価計算の基礎とする規則第一二条の八、第一二条の一一等の規定は、和年三六年政令第六二号において追加されたものであつて、その施行日たる昭和三六年四月一日以降に適用されることは格別、同年三月三一日以前は、株価計算に関し右のような基準が存在しなかつたものであるから、自由に基準を選択することができるものと解し、これに基づいて本田技研については、昭和三五年中に取得した総株数七万五、〇〇〇株でその取得代金五、二〇九万二、八〇〇円を除し、その価額六九四円五七銭を単価とし、昭和三六年一月一日に有した株式数三一万五、五〇〇株に乗じてその初在高を算出し、その余の各銘柄については、取得の時期、対価が分明でないとして、昭和三五年中における各銘柄毎の東京証券取引所における最高値と最低値とを合算して二で除するという方法により平均値を算定し、これを単価として昭和三六年一月一日に有した株式数に乗じて同年初在高を算出している。そこで双方主張にかかる算定方法の当否について検討する。

(ロ) 規則第一二条の八第一項、第二項は、株式等有価証券を取得するために要した金額を算定するについて、通則的にその基準を規定したものであつて、これによれば株式等を取得するために要した金額は、株式等の購入手数料その他これを取得するために直接要した金額を含めた対価によるとしている。また増資によつて新株の割当を引受けた場合においては、第一二条の四によりいわゆる付替計算をなすべきものとしているのである そして以上の各規定は、昭和三六年政令第六二号による改正以前から存在していたものである(弁護人らが第一二条の八の規定は昭和三六年政令第六二号によつて追加されたと主張するのは、第一、二項に関するかぎり誤りである。)従つて有価証券を取得した場合、その取得に要する価額を算定するに当つては、年度の如何にかかわらず、現実に取得に要した価額を証拠によつて認定すべきであり、弁護人らの主張はこの点において法令の規定に違背し、何ら合理性を有しないものであるから、採用のかぎりではない。

ただ規則第一二条の八の第三項以下の規定は、昭和三六年政令第六二号によつて追加されたものであつて、同政令は同年四月一日より施行されたが、昭和三六年分以降の所得税について適用するものとし、同年一月一日まで遡及して適用することを明らかにし、また右政令による追加以前においては、この点に関して特段の規定は設けられていなかつたものである。しかし、有価証券の評価は、従来からその性質上、規則第一二条の一〇の適用に当つては売価のないものとして総平均法によることが合理的とされていたものであつて、前記政令は、いわばこれを確認的に明文で示したものにすぎないと考えられるので、検察官の主張する評価方法は、本件についても相当なものとして是認し得る。ただし、検察官の算定方法のうち、本田技研の昭和三五年一二月三一日以前の取得分に対する計算根拠について、昭和三三年末における被告人の所有していたと認め得る四万七、〇〇〇株のうち、同年七月一日に取得した増資新株の割当に対する引き受け分二万四、〇〇〇株(単価五〇円)を除いた二万三、〇〇〇株について、その取得の時期、価額が分明でないとして、東京証券取引所開設以来、取得していたことが証拠上確認し得る同年八月三一日までの間における同銘柄の最高値三三九円をその単価として計算しながら、これに要する購売手数料一株当り一円八〇銭を加算していない。その理由について、その当時における取引状況から見て三三九円から手数料一円八〇銭を控除した額すなわち三三七円二〇銭以下で取得していたものと推認されるというのであるが、取得の時期が分明でなく、また三三七円二〇銭以上で取得し得ないとする根拠も存在しない以上、最も確実であつてかつ、被告人に有利な計算方法としては右最高値三三九円に手数料一円八〇銭を加算した三四〇円八〇銭を単価として二万三、〇〇〇株の取得価額を計算し、これによつて昭和三六年初在高を算定するのが相当である。これによれば、昭和三六年初在高は三四万六、五〇〇株で六、七六九万六、七四四円となる。従つて公訴事実に掲げた被告人の所得額並びに所得税額と認定を異にする結果となる。

第二、弁護人及び被告人の主張に対する判断

(一)  弁護人及び被告人は、

(A) 規則第四条の三(昭和三六年政令第六二号によつて追加されたもの)は、本来非課税とされている有価証券の譲渡による所得について、例外的に所得税を課する重要な要件を規定したものであるが、この規定の内容は曖味で行政庁の自由裁量に委せられる余地が大きく、またこのように重要な規定を法律によらず、勅令又は政令で規定することは、国民に対し法律の定めるところにより納税の義務を負わせた憲法第三〇条並びにあらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とした憲法第八四条に違反し無効である。

(B) 仮に右規則第四条の三が憲法第三〇条、第八四条に違反しないとしても、この規定は昭和三六年政令第六二号によつて追加挿入されたものであり、同政令は昭和三六年四月一日から施行されたにもかかわらず、昭和三六年分以降の所得税について適用するものとし、昭和三六年一月一日まで遡及適用している。しかもこの規定が追加挿入される以前は、有価証券の譲渡による所得については、これを課税する趣旨の規定が存在しなかつたのであつて、このように遡及して課税の対象を拡張することは、納税者の負担を増大することとなり許されないから、昭和三六年一月一日以降同年三月三一日以前における有価証券の売買については適用すべきではなく、この期間における売買の回数、株数又は口数は同条所定の売買の回数、株数又は口数から除外し、同年四月一日以降における売買の回数、株数又は口数のみによつてその基準に達するや否やを判断すべく、またこの期間における有価証券の譲渡による所得額は、課税の対象となる所得額から控除すべきである。

また昭和三六年分において、有価証券の譲渡による所得は、検察官の主張によるも専ら本田技研の譲渡益八、五八七万三、三三三円によるものであつて、他の銘柄によるものはすべて損失を生じているものであるが、この譲渡益を生じた技研の売買回数は三二回にすぎず、これのみをもつてしては法第六条第六号のイに該当せず、従つて課税されることはないのである。しかるに損失を生じた他の一一銘柄の売買の回数を加算することによつて始めて五〇回に達し、そのためかえつて課税される結果となるのである、結局譲渡益を生じた銘柄の売買のみであれば、その所得に課税されないのに損失を生じた銘柄の売買を加算することによつて課税されることは不合理である。

(C) 法第六九条の構成要件に関し

(イ) 単準な無申告の場合は、たとえそれが所得税逋脱の意思によるものであつたとしても、ここにいう詐偽その他不正の行為に該当せず、これに該当するためには、逋脱の意思をもつて、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行なうことを必要とすべきである(昭和四二年一一月八日最高裁判所大法廷判決参照)ところで本件においては、被告人が有価証券の売買に当り、他人名義を使用したのは、昭和三六年分は株式数で全体の一・八%、金額で同じく一・四%、昭和三七年分は株式数で二二%、金額で二六%にすぎず、この程度では、税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような偽計その他の工作には該らないし、被告人が他人名偽を使用したのは、所得税逋脱の目的によるものではなく、上毛撚糸の経営に参加するため、同社の株主総会において累積投票によつて取締役を選出し得る程度の株式を買い集めようとしたが、その意図が会社側に洩れて対抗手段を講じられるのを防止する必要上、その買い集めを秘匿する目的で他人名義を使用したにすぎないから、これを目して右にいう詐偽その他不正の行為ということは失当である。

(ロ) 検察官の主張する有価証券の売買益、配当収入並びに給与所得中には、被告人の実名によるものが含まれている、そしてこれら被告人の実名による売買益その他の収入は、詐偽その他不正の行為には該当しないから、これに基づく所得額は検察官主張の逋脱所得額から控除すべきである、すなわち、

(Ⅰ) 昭和三六年分において

配当所得額 三三一万三、八二六円

給与与所得額 三七万四、五四〇円

事業所得額 七、三六二万六、〇八九円

計 七、七三一万四、四五五円

(Ⅱ) 昭和三七年分において

配当所得額 六八九万二、三二六円

給与所得額 一二万円

事業所得額 二、七八五万七、六一五円

計 三、四八六万九、九四一円

をそれぞれ逋脱所得額から控除すると、残額は昭和三六年分において四四八万九、六四五円、昭和三七年分において三、七四一万八、八五九円にすぎず、この額を基礎として当該年分の逋脱所得税額を計算すべきである。

とそれぞれ主張する。

(二)  これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(A) 規則第四条の三が憲法第三〇条、第八四条に違反し、無効であるとの主張について、

憲法第三〇条、第八四条は、いわゆる租税法律主義の原則を規定したものであつて、この趣旨とするところは、租税の種類及びその根拠並びに納税義務者、課税物件及びその標準、税率等いわゆる課税要件については法律によつてこれを定めるべきことを要求しているものと解される。しかしながらその反面、現代社会における経済現象は絶えず著しい進展を続けながらますます複雑化しているのであつて、このような事態のすべてについて誤りなく対処し得るような法律を制定することは実際問題として不可能といつて過言ではない。にもかかわらず租税法律主義の原則を固守せんか、そのためかえつて租税の最も基本的な原則すなわち納税者の担税能力に応じた公平な課税と、事態の変遷に応じた的確な課税さえも充すことができない結果を招来するであろうことは容易に看取し得るところである。従つて租税法律主義の原則を堅持しつつも、租税の基本原則を充すためには、法律の規定をさらに敷衍、補充する趣旨で、個別的、具体的な形をもつて政令又は省令に委任することを認めなければならず、憲法第三〇条、第八四条も、このような委任まで禁じた趣旨とは解されない。

そこで規則第四条の三について検討すると、旧法第六条は所得税を課さない所得を列挙し、その第六号において有価証券の譲渡による所得でイからハまでに掲ぐる所得以外のものとして、有価証券の譲渡による所得は一応原則として非課税としながらもかなり大幅な例外を認め、そのうちイにおいて継続して有価証券を売買することによる所得で命令で定めるものを含めているのである。すなわち継続して有価証券を売買したことによる所得は、課税の対象となることを法律自体において明示している。ただ何をもつて継続して売買したと認め得るやの基準については、前示のとおり、流動的に変遷してやまない現代社会の経済現象から見て、法律で一義的に規定することはかえつて相当でないと認めて規則(政令)に委任したものと解されるのである。換言すれば、課税要件はすでに法律で規定されており、ただその趣旨を敷衍、補充するために具体的な表現を用いて委任したものであり、規則第四条の三によつて初めて課税要件が充足されたというものではないから、許容される委任の範囲を超えるものとは認められない。またその規定の内容は、第一項において有価証券の売買を行なう者の最近における当該有価証券の売買の回数、数量又は金額、取引の種類、資金の調達方法、施設その他の状況にてらし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引か否かを判定の基準としているのであり、さらに第二項においては、その年中の売買回数が五〇回以上でかつ、その株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、営利を目的とした継続的取引とするのであるから、その基準は社会通念にてらし明確に識別することができるもので行政庁の自由裁量によつて大きく左右されるおそれはないというべきであるから、右規則第四条の三が憲法第三〇条、第八四条に違反するとは認められず、弁護人らのこの点に関する主張は理由がない。

(B) 規則第四条の三は、昭和三六年四月一日以降にのみ適用すべきであつて、同年一月一日まで遡及して適用すべきでないとの主張について、

規則第四条の三が昭和三六年政令第六二号によつて追加されたものであり、同政令は昭和三六年四月一日から施行されたものであるが、昭和三六年分以降の所得税について適用するものとして、昭和三六年一月一日まで遡及適用していることは、弁護人らの指摘するとおりである。

しかしながら法令が如何なる場合においても絶対に遡及適用を許されないものと解するのは相当でなく、遡及適用することによつてかえつて納税者の有利になる場合とか、納税者にとつて直接有利、不利には関係ないとしても、従来の規定又は取扱いの疑義を明確にし、或いは不合理と見られる点を合理的に改めるというような場合には遡及して適用することを認めても別段支障を生じない。

弁護人らは、規則第四条の三が設けられる以前は、有価証券の譲渡による所得に対して課税する規定は存在しなかつたというが、昭和三六年法律第三五号によつて改正される以前の法第六条は、左に掲げる所得については、所得税を課さないとし、その第五号において第九条第一項第八号に規定する所得のうち(資産の譲渡による所得)、有価証券その他(中略)の譲渡に因るものと規定していたのであつて、有価証券の譲渡による所得がすべて非課税とされていたわけではなく、そのうち譲渡所得に該当する場合にのみ非課税とされ、事業所得又は雑所得に該当する場合には課税されるものであつたことは、右条文の趣旨にてらし疑いを容れる余地がない。ただ有価証券の譲渡による所得について、それが事業所得又は残所得に該当するか譲渡所得に該当するかについては、法律中に特にそれを区別すべき基準は規定されておらず、専ら第九条の解釈に委ねられていたものである。しかしながら実際の取扱いは、有価証券の譲渡による所得について、継続的行為と認められる取引から生ずるもので、その取引が事業として行われているときは事業所得とし、事業と認められる程度に至らないときは雑所得とし、継続的行為と認められる取引以外の取引から生じた所得は譲渡所得とするとしていたのであつて、継続的行為に属するか否かの判定の基準は、規則第四条の三第一項と略々同趣旨で、その年中における取引が回数において五〇回以上であり、かつ、取引総株数において二万五、〇〇〇以上である者がする取引は、継続的行為としていたのである(昭和二八年一二月二六日直所一-八八国税庁長官通達、同日直所五-三四同通達参照)。この解釈並びに実際上の取扱いによれば、その年中において五〇回以上の取引がなされ、かつ、その株数が二万五、〇〇〇以上であれば、継続的行為によるものであつて、これによつて生じた所得は事業所得又は雑所得として課税の対象とされ、譲渡所得として非課税の取扱いを受けることはなかつたものである。従つて昭和三六年法律第三五号によつて法第六条が改正され、これに伴つて規則第四条の三が追加されたのであるが、右のように課税要件を明確にし、かつ、課税の対象を五〇回以上二万五、〇〇〇以上から五〇回以上二〇万以上と狭くし、従来課税の対象となつていた株数二万五、〇〇〇以上二〇万未満の取引について非課税とする余地を残したものであつて、納税者にとつて有利な規定ということができる。以上のような次第であつて、規則第四条の三を昭和三六年一月一日まで遡及して適用することは何ら支障がないので、この規定に基づき昭和三六年一月一日以降同年一二月三一日までの間における売買回数及び株式数を含めて右規定による継続的行為か否かを判定すべきであり、これによる売買益は当然その年分の所得を構成するものである。また右規定による取引回数又は株数等は、有価証券の売買が営利を目的とした継続的行為と認められる取引か否かを判定するための基準として設けられているものであり、有価証券の取引に限らずすべての取引活動は、利益を生ずることもあれば逆に損失を生ずることもあるのであつて、むしろそれが取引の本来の姿ということができる。これらをすべて総合したうえで継続的行為と見るか否かが決定されるのであつて、売買益を生じた取引分の回数を除外するということはおよそ意味のないことである。従つて弁護人らのこの点に関する主張も理由がない。

(C) 法第六九条の構成要件に関し、被告人が他人名義を用いて売買を行つたことは、詐偽その他の不正行為に該当しないとの主張について

法第六九条にいう「詐偽その他不正行為」に該当するといい得るには、所得税逋脱の意思によるものであつたとしても、単に申告しないというだけでは足らず、逋脱の意思をもつて、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような、なんらかの偽計その他の工作を行うことを要すること、弁護人ら引用の最高裁判所判決の趣旨に徴し明らかである。そして本件においては、被告人は所得税の確定申告書を提出していないのであるから、それが所得税逋脱の意思に基づくものであるかどうかというだけでは足らず、右のような偽計その他の工作がなされたか否かを判断しなければならない。

弁護人は、被告人が本件有価証券の売買にあたり、第三者又は架空名義を用いたとしても、昭和三六年分は株式数で全体の一・八%金額で同じく一・四%、昭和三七年分は株式数で二二%、金額で二六%にすぎないから、この程度では税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような偽計その他の工作には該らないというが、全取引に対する第三者又は架空名義を用いたものの比率の多少によつて、右にいう偽計その他の工作に該当するか否かを判断することは相当でなく、その現実になされた行為の態様にてらし、それが所得全額を正額に把握することを不能もしくは著しく困難ならしめるに足る性質のものであるか否かによつて判断すべきものである。また弁護人らは、被告人が上毛撚糸の株式の売買に当つて、第三者又は架空名義を用いたのは、同社の経営に参加するため株式を買い集めたが、その意図を会社側に秘匿する必要から行つたものにすぎず、所得税逋脱の目的は存しなかつたという。上毛撚糸に限つて見れば、被告人が同社の経営に参加するため株式を買い集めた事実を窺知するに難くなく、自己において取得した株式について、門脇理ら六名の名義により一〇〇株宛分散したことはその趣旨に添つたものといえないこともない。しかしながら、上毛撚糸の株式を第三者又は架空名義に分散したのは、右門脇ら六名に止まるものではなく、それよりはるかに多数の株式について第三者又は架空名義にしていることはすでに認定したとおりであつて、これらと右門脇ら名義に分散したものとを対比するときは、その株数、形態において著しく異にし、とうてい同日に論ずることはできないのである。加えて他の銘柄の有価証券の売買に当つても相当数に上る第三者又は架空名義を用いている事実を看過するわけにはゆかない。

そして所得税逋脱の意思があるといい得るには、それが唯一又は主動的な目的であることを必要とするものではなく、他のなんらかの目的又は意思に基づくものであつても、その行為により所得税逋脱の結果が併合的に生ずることを認識しながら敢てそのような行為に及んだ場合にも、なお逋脱の意思があり、またその手段として行動したというに妨げないのである。他方有価証券に限らず一般に経済取引をなすに当つて、ことさら自己の名義を秘匿して第三者又は架空名義を用いることは、その経済取引の実態把握を著しく困難ならしめるものであり、このような行為に出るのは常識的に見て他に主たる目的ないし必要性が存在するにしても、併せて自己の資産ないし所得の実態把握を免れる目的も存在するものであることは容易に推察し得る。

ところで被告人の検察官に対する供述調書を検討すると、被告人が有価証券の売買等に当り第三者又は架空名義を用いた理由は、脱税を専一の目的としたわけではないが、これによつて脱税の結果を招来することは十分承知していた事実並びに被告人の昭和三三年以降の主たる収入源は、有価証券の売買益と株式の配当によるものであるが、被告人としては、株式の売買は投機的なもので、或る年度において利益があつても翌年度に失敗して損失を生ずるかも知れず、このような事情を考えると、利益があつたからといつて申告して所得税を徴収されると、損失を生じた際の資金に困ると思料したところ、国税局の査察を受けるまでは申告しない意思であつたことが認められるのである。それによれば被告人が所得税を逋脱する意思で、その手段として有価証券の売買等に当り、第三者又は架空名義を用いたものということができ、またこの行為は前示のように取引の実態並びに自己の資産ないし所得の正確な把握を著しく困難にしてこれを秘匿し、延いて税の賦課徴収を著しく困難ならしめるに足る工作ということができる。従つて弁護人らのこの点に関する主張も理由がない。

(D) 検察官の主張する有価証券の売買益、配当収入並びに給与所得等のいわゆる逋脱所得中から、被告人の実名によるものを控除すべきであるとの主張について、

しかしながら、経済取引に当つて自己の資産ないし所得の実態把握を免れるため、第三者又は架空名義を用いるというような行為は、本来法第六九条にいう詐偽その他の不正の行為そのものというよりは、むしろその準備的行為ということができるのであつて、このような準備的行為が法律上の義務に違背し、ことさら法定の申告期限に確定申告をしなかつたという事実と相俟つて、ここに詐偽その他の不正の行為という法的評価をすることが可能となるのである。従つて弁護人らの主張するように、準備的段階にある個々の経済取引を切り離したうえ独立して法的評価を加えるべきものでなく、その年分において所得を構成すべき経済取引の全般について、しかもことさら確定申告をしなかつたという事実をも加味して全体的に評価すべきものである。そして本件においては、判示のように被告人が有価証券の売買及び金銭の貸付をなすに当り第三者又は架空名義を用いる等して取引の実態把握を著しく困難ならしめるような方法により、その所得を秘匿したうえ、相当額の課税所得が存在したにもかかわらず、ことさら法定の期限内に確定申告書を提出しなかつたのであるから、この行為を全体的に評価すればまさに詐偽その他の不正の行為に該当するものといわなければならないから、所得を構成すべき個々の収益の中から被告人の実名による分は詐偽その他の不正の行為に該当しないとして控除すべき理由はない。従つて弁護人らのこの点に関する主張も理由がない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤暁)

別表一 修正損益計算書

栗田英男

自 昭和36年1月1日

至 昭和36年12月31日

<省略>

別表二 修正損益計算書

栗田英男

自 昭和37年1月1日

至 昭和37年12月31日

<省略>

別表三

株式等売買明細表(昭和36年分)

<省略>

(注)

検察官および弁護人の各欄はそれぞれの主張する株数および金額

上記誤差の欄は検察官、弁護人の各主張数額の誤差

裁判所欄は裁判所が認定した数

昭和37年分株式等売買明細表についても同様

別表四 株式等売買明細表(昭和37年分)

<省略>

別表五 税額計算書

栗田英男

<省略>

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